暇半桃花鳥’S LOKA!

露悪趣味で見栄っ張り

ブラック企業をなくす簡単な方法(続き)。労働状況・環境共有プラットフォームというアイデア。

まえの記事(たぶん誰も公言したことがないブラック企業をなくす簡単な方法。 - 暇半桃花鳥’S LOKA!)は、どうも、論点が把握しずらかったから、ちょっと他人のかんがえをだしにして、再度、考え直してみた。

 

www.bengo4.com

 

 

この意見に対して、

 

 

 

 

 「興味深かった」と。そして、「地域の市民によるモニタリング」に重点、と。

うーん、わたしが法律を知らないからアレなんだろうけど、なんで労働者自身が改善していくって、方向に話を進めないんだろう。「生活時間を取り戻すという意識に一人ひとりが」まで指摘したのに、どうして「地域の市民」なの?「個々の労働者」に焦点をあてればいいのではないか?

それに、もう「ひとりひとり意識を云々」っていう気の利いた中学生が好きそうな、毒にも薬にもならない意見を出すような段階じゃないとおもう。必要なのは、意識じゃなくて、動きではないのか?ちがうかな。たしかに、ノモスがピュシスでピュシスがノモスということもありうるが、しかし、未熟なノモスでは動きを縛ることはできない。

 

これは

himanakatoki.hateblo.jp

で書いたこととかぶっちゃうんだけど、企業の力が強い現状、労働者がネットを使って束になる、ってのが普通の思考回路だとおもう。つうかそのための労働組合なんじゃないの?法学知らないからなんともいえないんだけどさ。

あれよ、『スイミー』的にさ、束になる。

それで、今必要なのは、「ぼくが目になるよ」という『スイミー』の主人公なんじゃないかな。

 

じゃあ、労働者たちの「目」とはなんなのか。

 

労働状況・環境共有プラットフォーム、ってのはどうだろうか。

 

SNSみたいのでもいいし、食べログみたいに会社のページに個人の投稿を行う形式でもいい。

日々の労働時間や環境を共有していく。そして、給料明細書も公開する。

毛塚教授がいみじくも指摘する通り、「今の時代、『ブラック』と指摘されれば、企業は改めざるを得ない」のだから、個々の労働者が動けば、ブラック企業にはひとがあつまらず、変わらざるを得ない。

われわれが目指すのは、Natural Selectionならぬ、Proletarier Selectionではないか。

 

もちろん、「地域の市民」が、夜に電気がついているオフィスの写真を投稿し続けるといったプラットフォームの利用も効果的だろう。

だが、もっとも有効なのは、労働者が動いていくことだ。

 

もちろん、現状では、そんなふうに労働環境を公開する社員は、馘首されてしまう。

だが、報告するのがが常識になれば?

解雇などできなくなる(する意味がなくなる)。

ただ、新しい動きが常識に登録されるまでに、解雇される人々がでてきてしまう。

なら、今必要なのは、そういった声を上げた勇士たちを雇用する会社だ。

 

当今、不満がある人は自分の労働環境を公開していく﹆そして、そういった社会に不満があるひとは、ひとりひとりの労働環境を報告することを促し、また、そんなかれらの受け入れ先になる。このほうが、「ブラック企業反対!」と叫ぶよりも、よっぽど社会は変わる。

デモは大切だ。声を上げなければ変わらない。

しかし、デモじたいが目的化するのはおかしい。そして、いま、労働環境系のデモは目的になってしまったような気がする(知らないけど)。デモはあくまで手段であって、改善の方策をどんどん実行していかねばならないんじゃないか?

  

そして、労働者がネットで団結するという簡単なアイデアがある。最初はツイッターでもいいし、Facebookでもいい。ゆくゆくは、専用のサイトやアプリができたほうがいいけど(たぶん儲かるし。)。

デモをするなら、同時に、じしんの労働を公開する、若しくは、自社の情報を公開した人々を受け入れる体制をつくってもいいんじゃないかな。

 

不満があるならすべてを公開しよう。

 

まあ、現在就労してないから、こんなことがいえるんですけれども。

 

労働環境共有SNS・サイト「社畜自慢」通称〈鯱マン〉の開発はよ。

 

ああ、IT、プログラミングの知識があればなあ。無知は罪ですね。

どうしようもない。

かつて、樫本学ヴさんの『コロッケ』という食べ物が戦う(嘘)ギャグ漫画があった。

今週のお題「部活動」

わたしは、「からすみ」を「カラスの墨」のことだとおもってた。

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子供や人と、人の意味。-ありきたりで、よくある考え方だけれども、まあ、こういうのは朝に顔を洗うようなものですから。

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

zuisho.hatenadiary.jp

 

を、流し読みして(失礼)、ちょっと考えてみた。「ここまではついていけるけど、ここからはちょっとじぶんとちがうなあ」って部分がどちらにもあったのだけれども、まあ、そういう部分をどうこういうには綿密に読まないといけないから、話のだしにして、放置。

 

 

人間と意味を考える文脈では、意味を次の二つに分けてかんがえるといいとおもった。

 

1.手段としての意味

2.目的としての意味

 

そして、人が「目的としての意味」で語られる限りなら何の問題もないのだが、「手段としての意味」で語られだすと、「それはおかしい」と反発したくなるのである。

この二層の区別に目を向ければ、人間と意味をうまく扱えるようになるんじゃなかろうか。

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Plat. Crito 43a

 

お金のかからない趣味のために。

 

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銃剣道やってる場合じゃねえ。

笹食ってる場合じゃねえ、ってやつ、わたし好きなんです。

閑話休題

※※※※※※※

アリストテレスは、富の分配を唱えたそうだ。

 

その理由は、

リッチな人がいると、他方のプアーなひとは、腹立たしく思って、決起する。そして、リッチはプアーより数か少ないから、結果、数の多いプアーが勝ち、社会がひっくり返る。そして、また、富貴の二分が生じ、歴史は繰り返す。

だから、アリストテレスは多くの人の富がだいたい中央値に集中している状態を理想とし、決起という冒険をすることない社会を目指した。

というのは、中間層が大半であれば、彼らは自分よりリッチな人とプアーな人が半々であるという推論をすることになり、社会の転覆を考えても、転覆の企ては間尺に合わないと判断するからだ。「うーん、上が50で、下が50.だとすると、ここでぼくよりリッチな奴らを攻撃しても、ぼくよりプアーな50がぼくを襲うことになるんだな。となれば、転覆はギャンブルすぎる。」と中間層みんなが考える。

つまり、中間層は、転覆を割に合わないと判断するため、中間層が増えれば社会が安定する。

だから、富の分配はなされねばならない、と考えたようだ。(たぶん)

 

 

ただ、この理屈でいくと、現代は、まったく富の分配が必要のないことになる。なぜなら、現代は、数の論理ではなく、質の論理で暴力が決まるからだ。器仗の発達は、とうぜんながら、数の論理を霧消させた。どかーん、ばきゅーんには敵わない。

それに、われわれは、やくざさんはいざ知らず、武器をもっていない。

だから、どう考えても、貧しきものによる転覆など、現代ではありえない。

 

われわれの社会は、じつは、いつでも庶民が〝材〟になる可能性を秘めている。有象無象の部品に、個人が個人より大きなサムシング(社会、共同体、国家)のための手段になる世界と隣り合わせなのが、現代社会だとおもう。

この可能性を減らすためにあるのが、法律だ。もう、数では勝ち目のない大多数の庶民を、力(Power、Macht)から守るのが法律だとおもう。

 

だから、法律を、「力ある者」がつかうのは、原理的に間違っている。

 

周知のとおり、だから、憲法は国民より力を有っている国が守るもので、国民のルールを定めたものではない(はずだ)。

 

同様に、すべての法律は、強者ではなく、弱者のためにのみ存在する。

わたしは、そう思う。

 

家庭では親、学校では先生、地域では長(市長、区長)、企業では社長・幹部。かれらが、法律を傘に自分をまもるなど、理屈が通らない。

 

しかし、法律を知っているのは、こういった「力あるもの」なのが現状だ。

 

 

うーん、銃剣道の追加だか明記じゃなくて、義務教育に「法律」を組み込んだらどうだろうか。

ほんとうは、庶民一般にこそ法律が必要なのだから、義務教育であつかっておかないといけないんじゃないの?

まあ、わたしは、法律なんて、全然知らないんですが。無知は罪ですね。

 

うーん。ちがうかな。

 

 

どうしようもない。

わたしはあなたを信頼していないのではなく、あなたを信頼するわたしが信用ならないのです。

わたしの人付き合いは、きほん、疑いベース。

 

でも、いつもおもう。

 

「それってほんと?」

「え?ちゃんと返してよ。」

「え、いいよ、自分でやるから。」

 

これは、たしかに、不信感からでることばなんだけど、それはあなたを信用していないんじゃなくて、自分を信用しきれないからなんだ。もちろん、あなたがわたしを欺罔しているんじゃないかってことが、頭にないとはいわない。そりゃ、思う。「騙してるんちゃうか?こいつ」って。

しかし、不信感がもっとも向けられている対象は、自分自身なんだ。

「ほんとに、信じていいのか?自分の判断に狂いはないのか?」

こうおもっている。

 

いや、ほんと、ごめんなさい。

 

 

どうしようもない。

たぶん誰も公言したことがないブラック企業をなくす簡単な方法。思いつかない人はどうしようもない頓痴気だけど、でも間違っているわたしの意見。

勤務地と労働時間を、企業じゃなくて、ひとりひとりがバンバン公開していけばいいじゃないかな。

これなら、簡単にブラック企業なんてなくなると思うんだ。

なんなら、業務内容までみんなが公開すれば、もっと根本的な解決になる。

 

ほら、簡単。簡単すぎて、驚駭だ。折角のネット社会をいかせばいいとおもう。

たとえば〈社畜自慢アプリ〉略して〈鯱マン〉なんてのをつくって、そこで、「今日の〇〇飲食の勤務時間は15時間!俺の社畜レベルにかなうやつはいない!」とか「私は6時間。▽〇で働いている。業務内容は殺人。社畜なんてコピーする価値もないこの星のカビ。お掃除しないと。あ、あしたの仕事決まった。依頼主は私。内容はさっきの15時間勤務社畜の絞殺」とか、「社畜こそ社会の鏡。今日は16時間で、いつもどおりの◇〇ソリューション。さっきの殺し屋さんみたいのがいるから社会がダメになる。消えてほしい。」みたいにさ。

 

「法律云々、会社の利益云々」とか考えているのか知らないけど、この提言をしてない人なんてのは、結局、「人なんて会社のいいなりになって、奴隷みたいに働けばいい」って思ってるんじゃないか、ってくらい簡単な解決法。

グーグル検索の上からいくつかをななめ読みしたけど、だれも指摘してなった。

(唯一、近い意見がまとめサイトにあった(後述))

異論は大好き。

 

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電子書籍と中古書籍

中古書籍と、電子書籍を比べて、中古のほうが安かったら、まあ、中古書籍で買うよね。

ファインマンさんのストリーテリング

ファインマンさん、ストーリテリングがめちゃうまい。

 

ちょっと引用してみる。

 If, in some cataclysm, all of scientific knowledge were to be destroyed, and only one sentence passed on to the next generations of creatures, what statement would contain the most information in the fewest words? I believe it is the atomic hypothesis (or the atomic fact, or whatever you wish to call it) that all things are made of atoms—little particles that move around in perpetual motion, attracting each other when they are a little distance apart, but repelling upon being squeezed into one another. In that one sentence, you will see, there is an enormous amount of information about the world, if just a little imagination and thinking are applied.

(拙訳:もし、天変地異のあと、すべての科学的知識が烏有に帰すとして、そのとき、ひとくさりの文を後世の生命体に残せるとしたら、もっとも簡潔に最大の情報を込めた文章は、どのようなものになるのだろうか。わたしがおもうに、それは原子仮説(若しくは、原子についての事実、か、あなた好みの原子についての科学的言明の呼称)である。これは、すべての物は原子から成るというもので、近接しているときには互いに引き合うのだが、片方を片方に押し込むと反発するという言明である。このひとくさりの文章からは、もし想像力と思考力をあてがったならば、おわかりとおり、この世界についてものすごいたくさんの情報が生まれるのである。(英語あんまりできないんで、誤訳があったらすいません。そんなに難しい英文ではないはずなんだけど……。)

 

ファインマンさんの斌斌たる筆致を再現できなくて、たいへん忸怩たるものがあるが、どうだろう。このはなしはこび、続きが気になるわくわくさせる文章だ。

うーん、科学者・科学畑の人って、じつは文章上手いんだよなあ。文学系の人より、文章の進め方がうまいことがけっこうある。

日本でも、池谷裕二さんとか福岡伸一さんとかさ。

過去にも寺田寅彦湯川秀樹朝永振一郎とか。

 

うーん、だれか、ファインマンを対訳してくださーい。

 

どうしようもない。

ファインマン物理学って著作権切れてんのかな

The Feynman Lectures on Physics Website

ファインマン物理学』が公開されている。

 

うーん、だれか日本語と対訳してくれないかな。

 

翻訳権は岩波が有ってるから、翻訳は公開できないのかな。

いや、そもそも著作権切れてないはずなんだがなあ。

ようわからん。 

 

だれか対訳してくださーい。

んで、ネットで公開するか、グーグルドライブとかで共有してほC。(乞食)